訪問朗読ボランティア活動として、特別養護老人ホーム「健光園」にて、読み聞かせを行っています。
むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんがなかよくくらしていました。薪を切りにいくおじいさんに、おばあさんはおいしいおむすびを持たせてくれました。
『セロ弾きのゴーシュ』(セロひきのゴーシュ)は、宮沢賢治の童話。 活動写真館(映画館)の楽団に勤める技量の未熟なチェリストが、動物たちとの交流により演奏技術を向上させる姿を描く。 賢治が亡くなった翌年の1934年に発表された作品である。
畑ではたらいていたおじいさんが、ひとやすみして、おにぎりを食べようとすると、ねずみがでてきて……。
元日の朝、神様は1年の大将をまかせる12匹とその順番を決めるため、動物たちを御殿に呼び出しました。自分こそ1番のりをするんだと、動物たちは大はりきりで神様の元へ向かいます! 十二支の由来がわかる行事絵本。
山へしばかりにでかけたおじいさん、のどがかわいていたので、わき水をのむと、ふしぎなことに、みるみる若者に…。
百姓家で飼われている鳥たちは、毎日食べたり飲んだりしては、けんかをしていました。ところがあるとき、近くにある崩れかかった石壁の中で、とても幸せそうに暮らすふくろう夫婦をみて、その秘訣を聞きに行きます。夫婦は、季節ととも移り変わる自然の営みを眺め、それに合わせて生きることが、幸せで安らかな気持ちになる秘訣だと説きますが、鳥たちには信じられません。オランダの民話に、骨太で美しい絵がついた絵本です。
狩猟のために山奥を訪れた2人の青年紳士が、客に様々な注文を求める不思議な西洋料理店を見つけ、最終的に山の化け物に襲われるおはなし。
豆太は、夜中にひとりでおしっこにもいけない弱虫。でも、大好きなじさまのために…。真の勇気とは何かを問いかける感動の絵本。
むかし、笠作りのじいとばあがいた。ある年の暮れ、笠を売りにいったじいはなかなか笠が売れず、とぼとぼと帰路についた。すると…。
いたずら好きなきつねのごんは、兵十(村人)が釣ったうなぎを逃がしてしまう。それから10日ほど後、兵十の母の葬式が行われた。それを見たごんはあの時逃がしたうなぎは兵十が母のために釣ったものだとわかり反省する。
償いとしてごんは鰯を盗み兵十の家の前に置くが、鰯屋が兵十が盗んだと思い殴る。ごんは再び反省し、それからは毎日山で栗や松茸を届ける。兵十は毎日届けられる栗や松茸を不思議に思い友人の加助に相談すると、神様のおかげだと言われ信じる。
翌日、いつものようにごんが栗を届けにきたが、気配に気づいた兵十が火縄銃でごんを撃つ、散らばった栗をみて兵十はごんのしわざだと気づく。
ねずみに恋してしまったねこのお嬢さん、うわさ話の好きないたちの奥さん、泣きたいけれど「わしは王さまなんじゃから……」と我慢するライオン――
耳をすませば聞こえてくる、動物たちのおしゃべり。
チェコを代表する絵本作家ミルコ・ハナアクの独特な動物画に、山崎陽子の珠玉の文章の、みごとなハーモニー。
怠け者のたすけの家にやってきたなんにも仙人は、たすけがなまけていると、どんどん大きくなっていきました。
『幽霊のさかもり』は、 女の幽霊が夜な夜な現れるという怪談を装いつつ、女の幽霊が酒を飲んだり、騒いだりするコミカルな展開が中心です。女の幽霊が「絵から出てくる」という、非日常的な状況を笑いに変えるお話です。『幽霊のさかもり』の基になっているお話は、「足のない幽霊」を初めて描いたことで知られる、江戸時代中期の画家・円山応挙の「幽霊図(返魂香之図)」を素材として扱っています。そして、明治〜大正時代の新聞記者で戯作者の鶯亭金升の原作として伝わり、上方落語の噺として落語で取り上げられている『応挙の幽霊』を脚色し、今日の昔話の形になったのではないかと指摘されています。それから、講談にも『応挙の幽霊』との題で、応挙が描いた幽霊を語るものがありますが、こちらは応挙が描いた幽霊のモデルとなった遊女の幽霊が現われ、その悲しい物語や 「幽霊図(返魂香之図)」が生まれた経緯を語かたる、怪談要素の強い物語で、まったくの別なお話です。
